VOICE

群れから孤の時代へ

2024年10月5日

4月にバンドを作るために香川から東京へ戻って約半年が過ぎ、そして再び香川へ戻ってきた。
この二拠点生活は今の俺にとって、なくてはならない場所である。
それを改めて実感できたのは今回、東京から戻ってからだ。
東京へ戻った当初は、これからの活動がバンド中心になるのなら香川のアトリエを引き払い、東京の自宅の自室に機材を移し創作活動をすることになると思っていた。
実際に機材が運ばれても良いように自室を整頓し場所を確保した。
だが、香川に戻ってからしばらくするとこの環境の素晴らしさを改めて実感することとなった、とても自然に。
まず一つに、何にも邪魔されず創作ができることは大いなる理由である。
人に会えばそれだけでモードが変わってしまうほど細やかな神経なので、こんな場所があることは大変喜ばしい。
街の喧騒から離れた静かな田舎の戸建ては、一人では十分過ぎるほどのスペースがあり、まったく不便さもない。
外から聞こえてくるのは鳥の声や虫の音や風の音が殆どで、人工音といえば遠くを走る車の音以外は、たまに農機具の音がのどかに聞こえるくらいなものだ
夜になれば犬の遠吠えが聞こえてくるくらいで、あとは自然音のみ。
実際、東京と比べると大変よく眠れる。
音がどれだけ人体や心に影響するのか?を改めて思い知った。
そんな些細な身体や精神の変化に気づけるのも二拠点生活があるからだ。

 

 

さて、バンドの方はと言えば、山あり谷あり。
目眩く状況が変わり、理想とは程遠い現実の連続といったところだろうか。笑
要するにバンドのキーとなる俺とイマイくん以外は想定外だった。
東京では終始、メンバー探しに明け暮れていたように思う。
バンドのリズムを担うドラマー探しは、実に難しく、底抜けに曖昧な行為だった。
曖昧さとは一番かけ離れたパートのはずなのに、どこまでも優柔不断で薄っぺらかった。
それは感じ方の違い?
世代の違い?
と問いかけるも、それに応える声はない。
無謀にも楽観視して計画したスケジュールを何とかこなすためにだけの努力は虚しい。
そんな思いをいきなり背負わされた方もたまったもんじゃないだろう。
せめて、そこに学びがあると信じたいが、そんなのは嵐が過ぎ去ってから思うことであって、今はこのメンバーでできることで最高を目指すだけ。
そして、後悔しない程に頑張って一つの季節を終えた。
東京の約半年間で思ったのは、群れの時代はもう既に終わっていて孤の時代がもう始まっているということ。
そして、最強のバンドとは孤の集合体であり、孤の表現者であること。
あとは、それぞれの感性によって最高のバランスを生み出すことができるメンバーであること。
東京在住中にたまたまTV番組で今を輝くアーティスト”米津幻師”のインタビューを観た。
その中で彼は『10代の頃にバンドに憧れて友達と始めるが、すぐに自分の描いているイメージを仲間と分かち合えないことに、自分はバンドには向いていないと思い至り一人で音楽制作を始める。』というようなことを言っていた。
それに俺も同感した。
感性を分かち合える人にたった一人でも、一生の中で出会えるなんて奇跡に近いことだと思うし、それは運命めいたもののような気がする。
しかし、バンドの場合、同じような感性の人間が集まったからといって良いバンドになるとは限らない。
ある意味、同じすぎて気色悪いかもしれない。
バンドとは個性豊かな異質なキャラクターが集まり、刺激し合いながら化学反応を起こし想定外の力を発揮する暴走マシーン。
目的はただ一つ、最高のドライブ。

東京滞在あと僅かとなった頃、信頼関係のある友人から、あるドラマーを紹介される。
ライブ後、人が去った会場で20分ほど即興でセッションした。
頭の中を覆っていた霧が晴れるように「これだ!」と心が叫ぶ。
ご機嫌なドライブの同乗者をやっと見つけられた気分。
そう、そのドラマーこそ若き女性ドラマーDesire Nealyである。
彼女を迎入れ、ここからがThe DOJINの世界への始まりである。

最後に一言、ドラマーとは最初の1打の響きで、どんなドラマーかがわかるもの。

照井利幸

 

 

*『世の中では嘘ほど大きな声で語られ、真実ほど小さな声でしか語られない。』
ある友人から昔教えられたある哲学者の言葉。