約2年ほど前から始まったBlankey Jet Cityのサブスクリプション解禁から始まり、アルバム再リリースなどSNSを騒がせ、熱いフアンたちの間で再結成の噂やその期待が高まった。
そんなざわめきがいつしか自分を苦しめていた。
胸の中を掻き乱し、今の自分がやっていることすべてが否定されてるように思えた。
解散から26年という長い時が過ぎ、自分にはいったい何ができたのだろう?
やりたい事をやりたいようにやってきたはずなのに底の空いた花瓶のようにたった一度も満たされることもなく、そこに飾れる花もない。
そんな自問ばかりがどんよりと心に沈澱する。
自意識過剰?
そもそも俺は何者でもない。
ただあの場所に居られた幸運が昔の俺にあっただけだろう。
「透明になりたい」フッとそう思った。
確かそんなフレーズがベンジーの詩にあったなぁ。
SNSで呟いた「俺には何も知らされていない」
それは自分の意思とはかけ離れた世界で昔の自分が他の誰かの意思によって生かされているような違和感、不安感、恐怖から出たのかもしれない。
そんな他愛のない言葉でも影響力を持ってしまう息苦しさ。
みんな昔を愛してるんだ。
今は何もかもが虚しいばかり。
このSNSでの呟きから起きた小さな波紋を受け、早々に当時のバンドのマネージャーから連絡があった。
電話での会話であったが、様々な行き違い、思い違いがあったことを確認しあった。
それらの誤解は解けるが、それで自分の中に沈殿する何かが消えてなくなるわけでもない。
ただ昔の自分に関しては、唯一の管理者でありバンドの守り人である彼にすべてを託そうと決めた。
そんな彼から先日、バンド最後のライブ、2000年フジロックフェスティバルの映像素材を託される。
「映像を観たうえで意見が欲しい」と。
今まで26年間拒み続けた過去の面影。
過去に上映公開されたバンドの記録作品「バニシングポイント」も未だ観ていない。
なぜ、過去を拒むのか?
それはきっと今の自分を虚しく感じているからだろう。
心が壊れてしまうかのような恐怖感。
その映像の入ったメモリースティックを手渡された時に彼が言った「観るのに勇気がいったが、観て無茶苦茶興奮しました」。
そうか、彼にとっても怖いのだということを初めて知った。
勇気を出してでも伝えたいと思えるこのバンドの痕跡とは何か?
もちろんビジネス的な目的もあるだろうが、それ以上に彼が背負った使命感によって行われている何かに興味を惹かれた。
とうとう自分の過去にしっかりと目を見開き耳を澄まし、心を開いて向き合う時が来たのかもしれない。
これは勇気を出して観るしかないなぁ。
画面にはステージに上がる前の自分たちの姿が映っている。
今の自分とはまるで別人のような若かりし日の俺。
そこには、俺たち以外にもマネージャーである若かりし彼の姿も映っていた。
「仲間」。
久しぶりに心から漏れた言葉。
ビリーザキッドの墓跡にも一言「仲間」と刻まれていたらしい。
ステージに上がる俺たちを待ち受ける途方もない数の人の渦。
歓声が轟き興奮で全身にエネルギーがみなぎるのがわかる。
そして始まった。
その演奏は、ジェットコースターのようにスリル満点で、限りなく美しく、強く、野生的で愛らしく、さりげなく、ギラギラしてギザギザして、情緒的でドラマティックでユニークで、優雅、そして何よりも俺たちらしく、異彩を放っていた。
素直に思ったのは「これは俺たち以外には誰にもできないよなぁ」と。
誰にもそれを超えられない、真似することさえも憚られるような、まるで宇宙から与えられた神のバランスによって細い糸の上を3人が綱渡りしているような演奏。
それぞれの言葉でリズムでメロディーでセンスで自由自適に会話している。
「決まり事なんてない、自分たちのスタイルでやればいい!」と言われているような気になってくる。
熱狂のライブを終えてステージを去る自分たちの姿を見て、その時に何を思い、どんな気持ちだったのか、をまじまじと思い出した。
結局あの日、ライブ会場を後にして走る車の中で途方に暮れた俺は26年間を生きて今もその時のまんまだったんだ。
心にぽっかりと空いた大きな穴は何をしても埋められなかった。
その後、ベンジーとやっても達也とやっても満たされなかった。
そこには興奮できずに冷めた心で俺を見ているもう1人の自分がいた。
自分が自分にかけた呪いに苦しめられていたようなもんだ。
あの頃の魂の底から燃えたぎるような炎は跡形もなく消えてしまったが、そこにまた新たに火を灯そうと今を生きる俺がいる。
弱さや淋しさを誰にも悟られぬよう強がり、人を避け、ひたすらに自分だけを見つめて何かを掴もうと生きてきたが、昔の自分を見てもうそんな必要はないなぁと素直に思えた。
映像を通して昔の自分に向き合ってスッーと憑き物が取れたようにスッキリした。
そして同時に、昔の仲間たちがどんな思いを持って今を生きているのかをほんの少しではあるが感じ取ることができたように思う。
人生とは過去を引きずって生きるのではなく過去を重ねた上に生きることだと思えた。
26年前の俺たちはハンパなくかっこよかった!
色褪せることなく自分の中にあるギラギラと輝いた日々。
これを見せられたらイカれちゃうよね!
今、思うのは自分の中にあるものであっても自分だけではそれを輝かせることができないものがある。
お互いの発する何かに反応し合ってそれは特別な光を放つ。
それがThe Blankey Jet City.
最後に、この機会をくれたマネージャー“Jr“こと藤井努に感謝する。
そして昔の俺にもありがとう!
初めて自分を誇りに思えたよ。
26年前の俺たちは燃え尽きてしまったが、その痕跡には俺たちの魂のすべてが込められている。
それは永遠に生き続ける魂の痕跡。
照井利幸